劣等感の意味とは?他人と比べて生まれる感情|コンプレックス・自己嫌悪との違い

氣分を上げる

同期の昇進を知った日の帰り道。転職した友人の年収を聞いた飲み会のあと。胸のあたりに残る、名前のつけにくい重さ。あれを人は劣等感と呼ぶらしい、と思って検索窓に打ち込んだ人が、いまこの画面を見ていると思います。

言葉の意味から入るのは、正しい順番です。劣等感は「自分がダメだ」という感情ではなく、「自分と誰かのあいだに差がある」と感じたときに立ち上がる感情だからです。ここを取り違えたまま対処法だけ読むと、まず効きません。

この記事は、辞書の定義から始めて、比べてしまう仕組みまで下ります。途中で出てくる数字は、60年以上の研究をまとめたメタ分析や、中学生から大学生まで549人を調べた日本の研究から取りました。

劣等感の意味とは?「他人と比べて自分が劣っている」と感じる気持ちのこと

劣等感の意味は、自分が他人より劣っているという感情です。国語辞典の定義がそのまま心理学の定義に重なる、めずらしい言葉でもあります。大事なのは「劣っている」の部分ではなく、「他人より」の部分。比べる相手がいて初めて成立する感情、というのが劣等感の骨格です。

辞書を3つ並べてみます※1。

  • デジタル大辞泉「自分が他人より劣っているという感情」
  • 精選版 日本国語大辞典「自分が他人より劣っているという感情、または感情的反応。不安な感じ、失敗への恐怖、無力感、自信欠如感、嫉妬、羨望などを含む感情」
  • 日本大百科全書「自分自身が他人に比較して精神的、身体的になんらかの欠点をもち、無価値な存在であるという、意識的あるいは無意識的な感情傾向」

3つとも「他人」という語が入っています。ここが、あとで出てくる自己嫌悪や自己否定との分かれ目になります。

もうひとつ、精選版の定義で見落とされやすいのが「嫉妬、羨望などを含む」という一行。劣等感は単独の感情ではなく、いくつかの感情が束になった状態を指す言葉です。だから「これは劣等感なのか、嫉妬なのか」と悩む必要はありません。どちらでもある、が正解に近い。

そして比べる相手は、生身の他人だけとは限りません。「こうあるべき自分」という頭の中の像も相手になります。誰とも会っていない日曜の夜に落ち込むことがあるのは、このためです。

劣等感とコンプレックス・劣等コンプレックスの違いはどこですか?

劣等感と劣等コンプレックスの違いは、その感情を言い訳に使っているかどうかです。劣等感は誰もが持っていて、それ自体は工夫や努力の燃料になります。いっぽう劣等コンプレックスは、「Aだから、Bができない」という形に固まって、課題から降りる理由として使われている状態を指します。

この区別をつくったのは、精神科医のアルフレッド・アドラーです。アドラーの立場では、劣等感は取り除くべき欠陥ではありません。むしろ、足りないところを補おうとする働きのほうを重く見ます※1。背が低いから姿勢の指導を受ける、口下手だから資料をつくり込む。この「補う」動きが起きているうちは、劣等感は前に進む力として働いている。

問題が起きるのは、補う動きが止まって、言い訳の側にだけ言葉が残ったときです。

  • 劣等感の形 …「学歴で差がある。だから資格を取る」
  • 劣等コンプレックスの形 …「学歴で差がある。だから挑戦しても無駄だ」

前半は同じです。違うのは「だから」のあとだけ。自分の口ぐせを点検するときは、ここだけ見れば足ります。

なお、日常語の「コンプレックス」と心理学の「劣等コンプレックス」は、指すものが少しずれています。日常語では「容姿のコンプレックス」のように、気にしている一点そのものを指すことが多い。心理学のほうは、その一点を理由にして動けなくなっている状態を指します。前者は対象の名前、後者は状態の名前。

この「劣等感と劣等コンプレックスを分ける」という考え方を、一冊まるごと使って扱っているのが嫌われる勇気(岸見一郎・古賀史健/ダイヤモンド社・2013年)です。

ひとつ、意外な話を挟みます。アドラーが最初に「劣等」という語を使った本は、心の本ではなく体の本でした。 1907年の『器官劣等性の研究』は、生まれつき弱い器官を、体の別の部分や本人の工夫がどう補っていくかを扱った医学の論文です※2。心の劣等感という考えは、「弱いところは、ほかが補う」という体の観察から生まれたことになります。劣等感の話が「消す」ではなく「補う」に向かうのは、出発点がここだからです。

劣等感と自己嫌悪・自己否定は何が違うのですか?

劣等感・自己嫌悪・自己否定の違いは、比べる相手がいるかどうかで分かれます。劣等感には必ず相手がいます。自己嫌悪と自己否定には、相手がいりません。ひとりでも成立します。ここを押さえると、自分がいま何に困っているのかが1回で切り分けられます。

言葉 何を感じているか 比べる相手
劣等感 他人(または理想の自分)とのあいだに差がある いる
自己嫌悪 自分のふるまいや存在が嫌だ いらない
自己否定 自分の価値そのものが無い いらない

たとえば「同期が先に昇進して苦しい」は劣等感です。「先に昇進した同期を素直に祝えなかった自分が嫌だ」は自己嫌悪。同じ夜に両方起きることは、ふつうにあります。

切り分けの実益は、打つ手が変わること。劣等感は比べ方の問題なので、比べる相手や物差しを動かすと軽くなる。自己嫌悪は自分への向き合い方の問題なので、主語を「私」から「その行動」に置き換えるほうが効く。自己嫌悪のほうが近いと感じたら、自己嫌悪とは?反省との違いと、535人の調査でわかった陥りやすい人の共通点で扱っています。自分の価値の感じ方そのものが下がっていると感じるなら、自己肯定感を上げる方法|「自分をほめる」が効かない人へ、研究が示す3つの順番のほうが近い。

劣等感はなぜ生まれるのですか?人は自分を測るのに他人を使うからです

劣等感が生まれるのは、性格が後ろ向きだからではありません。人には、自分の意見や能力を評価したいという欲求があり、その物差しがないときは他人を使うという仕組みがあるからです。社会心理学者のレオン・フェスティンガーが1954年に発表した「社会的比較過程の理論」が、この仕組みを最初に整理しました※3。

この論文は9つの仮説からできていて、その第1がこう始まります。「人間には、自分の意見と能力を評価しようとする動因が存在する」。テストの点や体重計のように、客観的な物差しがあるものは他人を見ずに測れます。 ところが「仕事ができるか」「親として十分か」「面白い人間か」には目盛りがありません。目盛りがないものを測るとき、人は周りを見る。劣等感は、その測定作業の副産物です。

では、人は上を見るのか、下を見るのか。ここは長く議論があり、2018年に決着に近い形が出ています。60年以上の社会的比較研究をまとめたメタ分析で、脅かされていない状況でも、人は「上」を選ぶ傾向がはっきり強いという結果が出ました。逆に「落ち込んだときは下を見て慰める」という説を支えるデータは、見つかっていません※4。

さらに、比べたあとの反応も報告されています。優勢だったのはコントラスト、つまり相手との差が実際より大きく見える方向への振れでした。自分の能力の見積もりがいちばん強く動き、効果の大きさは-0.75〜-0.65。心理学では0.5で中くらい、0.8で大きいという目安が使われるので、これはかなり大きい部類です。

整理すると、こうなります。人は自分を測るために他人を見る。見るときは上を選ぶ。そして見たあと、差を実物より大きく見積もる。 劣等感が強めに出るのは、この3段構えのため。あなたの見積もりが甘いのではなく、装置のほうがそうできています。

劣等感を感じる相手が「身近な人」ばかりなのはなぜですか?

劣等感の相手が同期や友人や兄弟に集中するのは、自分とかけ離れた相手は、そもそも比較対象として選ばれないからです。フェスティンガーの第3仮説が、これをそのまま書いています。「ある特定の他者と自分を比べようとする傾向は、その人の意見や能力と自分のそれとの差が大きくなるほど減少する」※3。

だから、世界記録を持つ選手の記録を見ても胸は痛みません。差が大きすぎて、比較のスイッチが入らない。痛むのは、入社年次が同じ人、住んでいる地域が近い人、同じ時期に始めた人です。近いほど、比較装置はよく働きます。

つまり、劣等感を強く感じている相手のリストは、あなたが「この人とは条件が近い」と判断した人の一覧でもあります。見方を変えれば、自分が今どのグループに身を置いているかの地図。苦しいだけの感情に見えて、情報としては正確です。

私自身の話をひとつ。新卒で営業に配属された年、まわりと自分を比べる物差しは「経験があるかどうか」の1本でした。先輩は詳しく、私は何も知らない。その差を、そのまま自分の値打ちとして受け取っていました。

ただ、後から振り返ると、「経験が無い」と「勉強していない」は別物でした。当時の私は、基礎と法律だけはしっかり勉強していたんです。理由は評価のためではなく、違法なことを知らずに進めて、相手に迷惑をかけたくなかったから。

この物差しは、当時の自分の中では点数表に入っていませんでした。経験年数という1本しか持っていなかったので、持っているものが見えなかった。劣等感が重くなるのは、差が大きいときより、物差しが1本しかないときです。

劣等感が強くなるのはどんなときですか?SNSと「物差しが1本」のとき

劣等感が強く出る条件は2つあります。比べる相手が上の人ばかりになることと、判定の物差しが1本しかないこと。SNSは、この両方を同時に満たす場所です。うまくいった報告が並ぶ画面を開くたびに上を見て、そこで示される目盛りは一本だけ。条件がそろっているので、頻度が上がります。

数字があります。2023年に発表されたメタ分析で、48本の研究・参加者7,679人・118個の効果量をまとめたところ、SNSで自分より上の相手を見た場合、下の相手や比較なしの場合とくらべて、自己評価や気分が下がる向きに動いていました(g=-0.24)※5。内訳は、体型の見方が-0.31、主観的な幸福感が-0.19、自尊心が-0.21。

数字としては小さめに見えます。ただ、ここで効いているのは回数です。1回あたり-0.24の押し下げでも、指を動かすたびに起きる。しかも流れてくるのは、うまくいった日の報告に寄っています。前の章で見たとおり、人はもともと上を選びます。その上、上だけが並ぶ画面が用意されている。

物差しの本数のほうも見ておきます。同期10人と比べていた時代なら、営業成績で負けても「あいつは資料づくりが遅い」と別の目盛りが目に入りました。相手の全体が見えていたからです。画面越しの相手は、その人が出すと決めた一面だけが見えます。1本の目盛りだけが差し出され、そこで測られる。

比べる行為そのものを止める手順は、比べてしまうのはなぜ?人と比べる自分を責めなくていい理由と対処法に書きました。ここでは、その手前にある「言葉の意味」までに留めます。

劣等感を感じる場所は、年齢とともに変わりますか?

変わります。しかも、入れ替わるのは劣等感の量ではなく、劣等感を感じる場所のほう。中学生は成績で、高校生は見た目で、大学生は人づきあいで自分を測る、という具合に、年代ごとに測る場所が移っていきます。日本で行われた研究が、この移り変わりをきれいに示しました。

中学生・高校生・大学生549人に、劣等感に関する50項目と「自分にとって重要な領域は何か」を答えてもらった調査です※6。劣等感の項目は8つの因子にまとまり、重要な領域は10のカテゴリーに分かれました。そのうえで両者を突き合わせると、こうなっています。

  • 中学生 … 重要な領域は知的能力。学業成績の悪さに劣等感を感じる
  • 高校生 … 重要な領域は対人魅力。身体的魅力のなさに劣等感を感じる
  • 大学生(自己承認を重視) … 友達づくりの下手さに劣等感を感じる
  • 大学生(人間的成熟を重視) … 劣等感はあまり感じられなくなる

最後の一行が、この研究のいちばん面白いところです。同じ大学生でも、何を重要な領域に置いているかで、劣等感の出方が変わる。 「人に認められること」を中心に置いた人は、友達づくりという一点で自分を測ることになる。「人として成熟すること」を中心に置いた人は、測る物差しが増えるぶん、一点で負けても総崩れにならない。

ここで注意したいのは、順序です。劣等感を減らそうとして重要な領域を変えるのではなく、重要な領域が変わった結果として劣等感が減っているという形。「気にしないようにしよう」では動きません。動くのは、大事にしたいものが実際に増えたときです。

そして、この研究は10代後半から20代前半を見ています。同じ理屈でいけば、社会に出てからも入れ替えは起きます。20代で年収に劣等感を持っていた人が、30代で別の物差しを持つようになる、というのは珍しい話ではありません。【推測:この研究は青年期を対象にしたもので、成人後の変化まで測ってはいません】

劣等感の意味が分かったら、今日やることは3つです

意味が分かっても、胸の重さは消えません。ただ、分解できる形にはなります。 劣等感は「比べた」という作業の結果なので、作業の中身を書き出せば手が入ります。紙でもスマホのメモでもかまいません。3分で終わります。

1. どの物差しで比べたのかを、1行で書く

「なんとなくつらい」を「何で測ったのか」に直します。年収、役職、フォロワー数、結婚しているかどうか、家の広さ。書けたらそれは、いま自分が使っている目盛りの名前です。書けないときは、比べたのではなく疲れているだけ、ということがよくあります。

2. 比べた相手を1人だけ書き、条件の違いを2つ足す

顔の見えない「みんな」とは比べられません。必ず具体的な誰かがいます。 その人の名前(自分にだけ分かる書き方でかまいません)を書いて、自分と条件が違うところを2つ書き足す。始めた年、育った環境、使える時間、家族の状況。

これは相手を値引きする作業ではありません。さっきの第3仮説を逆に使う作業です。人は「条件が近い」と判断した相手を選んで比べます。その判断が本当に合っているのかを、1回だけ確かめる。

3. 「Aだから、Bできない」の形になっていないか点検する

最後に、口ぐせの点検です。頭の中の文が「Aだから、Bできない」で終わっているなら、そこが劣等感から劣等コンプレックスへ渡る場所になります。

渡り方は簡単で、「だから」のあとを1回だけ書き換えるだけ。「学歴で差がある。だから無駄だ」を「学歴で差がある。だから今期は資格を1つ取る」に。内容が立派である必要はありません。動詞が入っていれば十分です。

なお、気持ちの重さが長く続いて日常が回らないときは、この3つより先に相談先を頼ってください。働く人向けの電話・SNS・メールの窓口は、厚生労働省の「こころの耳」にまとまっています※7。

まとめ|劣等感の意味は「差の感じ方」。差があること自体は事実です

  • 劣等感の意味は「自分が他人より劣っているという感情」。辞書3つとも「他人」が入る※1
  • 比べる相手は生身の他人だけでなく、「こうあるべき自分」も含まれる
  • 劣等感と劣等コンプレックスの違いは「だから」のあと。補う側に向かうか、降りる理由になるか
  • 劣等感・自己嫌悪・自己否定の切り分けは、比べる相手がいるかどうか
  • 人は自分を測るために他人を見る。しかも上を選び、差を実物より大きく見積もる(効果の大きさ-0.75〜-0.65)※4
  • 比べる相手が身近な人に集中するのは、条件が近い相手ほど比較装置が働くから※3
  • SNSで上の相手を見ると、自己評価と気分は下がる向きに動く(48本・7,679人・118の効果量、g=-0.24)※5
  • 劣等感を感じる場所は年齢とともに移る。 何を重要な領域に置くかで出方が変わる(549人)※6

劣等感という言葉は、差があるという事実と、その差をどう受け取ったかを、ひとまとめにして運んでいます。差があること自体は、たいてい本当のことです。問題は、差の存在ではなく、1本の物差しだけで自分の全体を採点してしまうところにあります。

今日のいちばん小さな一手は、さっき比べたときに使った物差しの名前を、1行だけ書くこと。名前がついた物差しは、増やすこともしまうこともできます。

出典

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