「で、あなたはどうしたいの?」
会議や家で、そう聞かれて言葉が出てこなかったことがあります。頭のなかでは、自分がどうしたいかより先に「たぶんこう答えれば角が立たない」を探していました。世間体ばかり気にして。
自分軸という言葉を調べると、まず価値観を書き出しましょう、という記事がたくさん出てきます。私も紙を用意して、真っ白なまま閉じました。書き出せる人は、もう持っている人だと思います。
この記事は、書き出せなかった側から書いたものです。順番を逆にして、まず国の調査で「みんなの答え」を見る。そこと自分がどれだけズレているかを測ると、書き出す材料のほうが先に手に入ります。
自分軸とは?「私はどうしたいか」を基準に決められる状態のこと
自分軸とは、自分の価値観をもとに「私はどうしたいか」で判断を決められる状態を指します。生まれつきの性格ではなく、決めるときの基準がどこに置いてあるかという話です。基準が自分の内側にあれば自分軸、他人の評価や場の空気の側にあれば他人軸になります。
「軸」という漢字が、たぶん誤解のもとです。太い柱が体を貫いていて、何があってもブレない。そんな絵が浮かびます。私もそう思っていました。
実際の自分軸は、柱よりも「戻ってこられる場所」に近い感覚があります。ブレないのではなく、ブレたあとに戻れる。ここを取り違えると、少し迷っただけで「やっぱり自分には軸がない」と結論を出してしまう。
迷うこと自体は、めずらしくもなんともありません。内閣府の国民生活に関する世論調査(令和7年8月調査)では、日頃の生活の中で悩みや不安を感じているとした人が78.1%でした。全国の18歳以上5,000人に郵送で聞き、2,938人から回答を得た調査になります。
10人いれば8人が、何かしら迷っている。迷いは異常事態ではなく標準装備、という話です。
自分軸と他人軸の違いは、決めた理由を後から言えるかどうかに出る
自分軸と他人軸の違いは、選んだ中身ではなく理由の置き場所に出ます。同じ「残業する」でも、いま自分が引き受けたほうがいいと判断したなら自分軸、断ると悪く思われそうだからなら他人軸です。行動がまったく同じでも、あとから理由を自分の言葉で言えるかどうかで分かれます。
ここが分かりにくいところで、外から見ても区別がつきません。判定できるのは本人だけ。
| 場面 | 自分軸の理由 | 他人軸の理由 |
|---|---|---|
| 残業を引き受ける | 明日の自分が楽になるから引き受ける | 断ると感じが悪いと思われそう |
| 飲み会に行く | あの人ともう一度話したいから行く | 行かないと次から誘われなくなる |
| 転職しない | いまの仕事で覚えたいことが残っている | 辞めたら逃げたと思われる |
右の列がゼロの人は、たぶんいません。私も右の列で動いた日が山ほどあります。全部を左に寄せる必要もない。
やっかいなのは、右の列で決めたのに、あとから左の列の言葉で自分に説明してしまうときです。「明日の自分が楽になるから」と自分に言い聞かせて残業して、翌朝ぐったりしている。理由をすり替えた分だけ、疲れが説明できないものになります。
朝からイライラが止まらなかったとき、私はイライラを実況するという方法を試しました。あれも結局、貼りついた理由をいったんはがして事実だけ見る作業でした。
自分軸はわがままや自己中と何が違う?相手の軸を同じだけ認めるかどうか
自分軸とわがままの違いは、相手にも軸があると認めているかどうかです。自分軸は「私はこうしたい」で終わり、相手の「私はこうしたい」もそのまま置いておく。自己中は「私はこうしたい」を相手にも当てはめて、相手の答えを自分の答えに合わせようとします。線を引く場所が違う。
自分軸という言葉を調べる人が、そのすぐ後に「わがままとの違い」「自己中との違い」も調べていく。この並び方を見たとき、なるほどと思いました。自分を優先することへの後ろめたさが、先にある。
私の感覚では、区別はこうなります。
- 自分軸:私はこう思う。あなたはどう思う?
- 自己中:私はこう思う。だからあなたもそう思うはず
前者は相手に質問が残っています。後者は残っていません。
だから、自分軸のある人ほど人の話をよく聞く、という逆転が起きる。聞いても自分の答えが揺れないと分かっているから、安心して聞ける。聞くと流されてしまう状態のほうが、他人軸に近い場所にいます。
自分軸が分からないのは性格のせいではない。国の調査に「みんなの答え」が出ている
自分軸が分からないのは、材料が足りないからです。多数派の答えは調査結果としてどこにでも公開されているのに、自分の答えだけは誰も集計してくれません。ズレを測る相手が見えないまま、いきなり価値観を書き出そうとするから手が止まる。
さきほどの内閣府の調査から、「みんなの答え」を並べます。
| 質問 | 多数派の答え |
|---|---|
| どのような仕事が理想的か | 収入が安定している仕事 61.8% |
| 働く目的は何か | お金を得るために働く 63.5% |
| 収入と自由時間のどちらを増やしたいか | 収入をもっと増やしたい 53.8% |
| これからは心の豊かさか、まだ物の豊かさか | 心の豊かさ 52.2% |
| 将来に備えるか、毎日を充実させるか | 毎日の生活を充実させて楽しむ 55.2% |
理想の仕事では「私生活とバランスがとれる仕事」が54.9%、「自分にとって楽しい仕事」が52.0%と続きます。働く目的で「自分の才能や能力を発揮するために働く」を選んだ人は7.1%、「生きがいをみつけるために働く」は13.1%でした。
ここで見てほしいのは、多いか少ないかではありません。自分がどの行で引っかかったかのほうです。
「収入をもっと増やしたい」が53.8%と読んだとき、私は「いや、時間のほうだな」と口のなかで言いました。その一言が材料です。多数派に賛成した行は素通りしていい。反対したくなった行だけが、自分の輪郭を照らします。
もうひとつ、この調査には意外な行がありました。充実感を感じるのはどんなときか、という質問のトップは「ゆったりと休養している時」で57.9%。「趣味やスポーツに熱中している時」の49.3%より上でした。しかも前回の54.8%から3.1ポイント上がっています。
がんばっている最中ではなく、休んでいる最中に充実を感じている人が最も多い。休むことに罪悪感を持つ人は、多数派とズレているほうです。
自分軸で決めた実感がなかった私が、20社の話を聞いて買わなかった話
自分軸は、人の話を遮断することではありません。私は投資用不動産の営業を20社から聞いて、結局ひとつも買いませんでした。20社も聞いているので、人の話を避けたわけではない。それでも最後に「やらない」と決めたのは自分でした。その決め方の話をさせてください。
きっかけは、まわりが次々に始めていたことでした。話を聞くだけならタダですから、と言われて聞きはじめます。1社目を断ると、2社目が来る。そのうち20社になっていました。
先に正直なところを書くと、ここ10年の値上がりを見るかぎり、買っておいたほうが結果は良かったと思います。自分軸で決めれば当たる、という話ではありません。結果が外れても、なぜそう決めたかを自分で言える。自分軸で手に入るのは、それだけです。逆に言えば、他人軸で決めて外れると、恨む相手ができてしまう。
もうひとつ、この20回の面談で忘れられない光景があります。営業する側の人たちです。
- 入社して半年ほどで、契約が取れずに辞めていく人が多い
- そのなかで、1件目が売れるまでに3年かかった人がいて、その後は嘘みたいに売れ続けた
半年と3年の差は、才能ではなく続けた時間に見えました。ここが自分軸の話につながります。同期の成績という外の物差しで自分を測っていたら、1件も売れない3年目は立っていられません。3年続いた人は、別の場所に基準を置いていたのだと思います。
そして、売れ続けるようになってからのほうが難しそうでした。結果が出ると、まわりの見る目も、求められるものも変わります。何のためにやっているのかを見失わないことのほうが、売れないことより難しい。良くも悪くも別人に変わってしまう。軸は、手に入れて終わりではなく、結果が出たあとにいちばん試されるものでした。
自分軸の作り方は、書き出す前に「今日すでに決めたこと」を3つ拾うところから
自分軸の作り方でつまずくのは、いきなり大きな価値観から書こうとするからです。人生で大切にしたいこと、と聞かれて出てくる人は少ない。そこで順番を変えて、今日すでに決めてしまった小さなことを3つ拾い、そこに理由を1回だけ聞きます。材料は、過去ではなく今日のなかにあります。
やり方はこれだけです。
- 今日決めた小さなことを3つ書く(昼に何を食べたか、返信をいつ返したか、どの席に座ったか)
- それぞれに「なぜそうした?」と1回だけ聞く
- 「なんとなく」で止まったものは、線を引いて飛ばす
3つのうち2つは「なんとなく」で終わります。それでいい。残った1つが、あなたが実際に使っている基準です。
1週間続けると21個ぶんの記録がたまり、理由まで出たものが5個か6個は残ります。並べると、同じ言葉が何度か出てくる。「早く終わらせたかった」「あの人に悪いと思った」「静かなほうがよかった」。その繰り返す言葉が、探していた軸の正体でした。
紙に向かって「私の価値観は」と考えるのと、今日のことに理由を聞くのとでは、後者のほうがはるかに答えが出ます。すでに決めたあとなので、決断のプレッシャーがないからです。
そして、この「自分で決めた」の積み重ねには、けっこう強い裏づけがあります。神戸大学の西村和雄特命教授と同志社大学の八木匡教授が2018年に発表した所得や学歴より「自己決定」が幸福度を上げるという研究です。20歳以上70歳未満の男女20,005件の回答を分析し、幸福感を決める要因として、健康と人間関係に次ぐのは所得や学歴ではなく「自己決定」だったと報告しています。所得については、幸福感の伸びが1100万円で頭打ちになるという結果も出ました。
自分で決めた回数のほうが、稼いだ額より効いている。これは私にとって、かなり救いのある数字でした。
自分軸を持つと変わるのは、迷う回数ではなく迷ったあとの戻り先
自分軸を持っても、迷う回数は減りません。減るのは、迷ったあとに漂っている時間のほうです。基準が言葉になっていると、揺れてもそこへ戻れる。「静かなほうがよかった」の一言を持っている人は、次に予定が重なったとき、迷ったうえで同じ場所に戻ってこられます。
この記事でやったことを、もう一度並べます。
- 軸はブレない柱ではなく、戻ってこられる場所として持つ
- 自分軸と他人軸の違いは、あとから理由を自分の言葉で言えるかで見る
- わがままとの境目は、相手の答えをそのまま置いておけるかどうか
- 国の調査の多数派に、賛成できなかった行を探す
- 今日決めた小さなこと3つに、理由を1回だけ聞く
人と比べて落ち込む日が続くなら、比べてしまう物差しの付け替え方のほうが先かもしれません。軸を探すより、いま使っている物差しを見るほうが早いときがあります。
私はまだ、真っ白な紙に価値観を書けません。それでも「今日はなぜこれを選んだのか」には、だいたい答えられるようになりました。始まりとしては、それで足りていると思っています。

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