イライラを実況してみた1日目、思ってたのと全然違いました
前回、「イラッとしたら心の中で実況する」を試してみますと宣言しました。効くのかどうか半信半疑のまま、とりあえず朝起きた瞬間から始めてみたんです。
古舘伊知郎みたいな実況の口調でやることにしました。「さあ出ました、朝からイライラしております」みたいな感じです。
ふざけているように見えるかもしれませんが、これが自分には合っていた気がします。アナウンサーのスポーツ実況の口調にすると、自分の感情を少し外から見ている感じになるんです。
そして1日やってみて、私が一番驚いたのは、効いた効かないの話じゃありませんでした。
私、1日のかなりの時間を、目の前にいない仮想空間の相手にイライラして過ごしていたんです。
朝の実況で、いきなり見えてしまったもの
最初の実況は、AIに対してでした。指示した通りに動いてくれなくて、イラッとしたんです。そこで「はい、イライラが来ましたね」と実況してみたら、思ったより早く落ち着きました。これは素直に、ちょっと嬉しかったです。
問題はその次でした。洗面所で顔を洗いながら、今日やるタスクを頭の中で並べていたんです。そうしたら、うちの社長のことでイライラしている自分に気づきました。
でも、その社長とは今日まだ話していないんですよ。朝起きたばかりなわけだから。
私が何にイライラしていたかというと、「この話でどうせこう言ってくるだろう」と決めつけて、頭の中で勝手に作り上げた社長に対してでした。実在しない仮想空間の相手のセリフに、実在する私が腹を立てていたわけです。
これに気づけたのは、正直かなり大きかったです。実況してブログに書くためにメモしていなかったら、たぶん一生気づかないまま、毎朝これをやり続けていた気がします。
気づいたので、いったん目の前の”今”に意識を戻しました。今、洗面所にいて、水が冷たくて、それだけです。それで少し、体の力が抜けました。
電車でも会社でも、私は妄想の中で怒っていました
正直に言うとあまり褒められた1日ではありません。
電車の中で、ふと気づいたら、また頭の中で誰かにキレていました。会社に着いてからは、ある求人広告の会社の担当者から来たメールの返信のことで、頭の中で文句を言っていました。確認もせずにAIが作った間違った情報を平気で送ってくるところが、どうしても引っかかるんです。
ただ、その文句を私は誰にも言っていません。頭の中だけに会ったこともないそいつがいて、そいつに対して言っています。
職場で、苦手なやつの声が聞こえてきたときも、反射でイラッとしました。慌てて「おっーっとイライラしているであります」と実況したら、ちょっとだけ笑えて、それで多少やわらぎました。実況の口調がふざけているぶん、深刻になりすぎずに済んだのかもしれません。
そのあとも、自分から連絡してきたのに、こちらが言われた通りに対応したら返信が来なくなった客のことで、また頭の中がざわつきました。夕方には社長からのメールで、またイライラしました。
そして家に帰って、気分転換のつもりでウォーキングしていたときですら、昼間の求人広告の会社のことを思い出して、また頭の中で怒っていたんです。
散歩、まったく気分転換になっていないですよね。我ながら情けないです。
12時半に思ったこと。これ、時間がもったいないんじゃないかな
お昼を過ぎたあたりで、ふと思ったんです。会社のことなんかでいちいちイライラしていたら、もったいないな、と。自分の時間って最も大切で取り戻せないものなのに、イライラなんかに使ってる場合じゃないって。
相手を許すとか、大人になるとか、そういう立派な話ではありません。単純に、私の時間と体力が、いない相手との架空の口論に消えていくのが惜しいと思ったんです。
実際、頭の中でケンカしている間、目の前のことは何も手についてませんでした。損しかしていない気がします。
なぜ実況で気づけたのか、あとから調べてみました
あとから調べてみたら、なるほどと思う研究がありました。
ひとつは、ハーバード大学のマシュー・キリングスワースとダニエル・ギルバートが2010年にScience誌で発表した研究です。人は起きている時間のおよそ46.9%を、今やっていることとは別のことを考えて過ごしているという結果でした。しかも時間差の分析から、心がさまようことが不幸の結果ではなく原因のほうだと示唆されています。
私の1日、まさにこれでした。46.9%どころか、体感ではもっと多かった気がします。
もうひとつは、UCLAのマシュー・リーバーマンたちが2007年にPsychological Science誌で発表した研究です。感情に言葉のラベルを貼ると、扁桃体という警報装置のような部分の反応が下がって、代わりに前頭前野の一部が活発になったという結果でした。
「イライラしているであります」と実況するのは、まさに感情にラベルを貼る作業なんだと思います。研究と同じことが自分に起きたかどうかは確かめようがないですけど、少なくとも私の場合は、言葉にした瞬間に少し距離が取れました。パラレルワールドから現実世界に戻ってこれたのです。
話がそれますけど、この「距離を取る」という感覚、前回書いた辻秀一氏の話ともつながっている気がします。意味づけをやめるんじゃなくて、意味づけしている自分に気づく、というあれです。私は今日、気づくところまでは何度かできました。
やる前の予想と、やってみた実際
| 観察したかったこと | 実際どうだったか |
|---|---|
| 実況でイライラの強さは変わるか | 変わった場面もありました。特に朝のAIの件と、職場で声が聞こえた場面は、実況したら少しやわらぎました |
| その場で実況を思い出せるか | 思い出せない時間のほうが長かったです。実況していない空白がたくさんありました |
| イライラの相手は誰だったか | 予想外でした。ほとんどが目の前の人ではなく、頭の中で作り上げた相手でした |
今日の一番の収穫は、たぶんこれです
効果があったかと聞かれたら、まだ半分くらいしか答えられません。実況を忘れていた時間がかなりあったので、そもそも十分に試せていないんです。
でも、記録を取ってみて初めてわかったことがあります。私は1日中イライラしていて、しかもその相手のほとんどが、目の前にいない妄想の中の人だったということです。今を生きていなかった。
これに気づけたことが、今日の一番の収穫だと思っています。
やり方を変えたくなる気持ちも出てきましたけど、たぶんまだ変えないほうがいい気がします。まずは実況を忘れる回数を減らすところから、もう少し続けてみます。
今日のまとめ
- ノウハウ:感情に言葉のラベルを貼る(マシュー・リーバーマンら2007年)。心が今と別の場所をさまようこと自体が気分を下げる(マシュー・キリングスワースとダニエル・ギルバート2010年、起きている時間の約46.9%)
- 私がやったこと:朝起きた時点から、イラッとしたら古舘伊知郎風に実況する。「イライラしているであります」など
- 気づき:イライラの相手のほとんどが、目の前ではなく頭の中で作り上げた相手でした。実況で気づけたときは、目の前の今に戻れました
- できなくてもいい:実況を忘れた時間のほうが長かったです。でも忘れたこと自体が記録になったので、それでいいことにします
最後に
もしあなたも、気づいたら頭の中で誰かに反論している時間があるなら、一度だけ実況してみるといいかもしれません。口調はなんでもいいと思います。私はたまたま実況アナウンサー風でしたけど、あなたに合う言い方は別にある気がします。
そして、忘れる日があっても大丈夫だと思います。私も半分以上忘れていましたし、それでも気づけたことはありました。
もし気持ちの重さが長く続くようなら、無理に一人で処理しようとせず、専門家や公的な窓口を使うのも選択肢です。それは弱さではないと私は思っています。私はここまでずーっとイライラしてると思って無くて、ちょっと相談に行った方がいいのかなと思いました。
あとはこの手の話を調べていたら、YouTubeで心に刺さる言葉がありました。
あなたが日本で仕事をしていて常識だと思っていることって海外に行ったら共通のルールじゃなくて、ただの固定観念だったと気付く。東南アジアに行ったら、荷物が届かないとか、約束を忘れてたとかそっちが当たり前の常識。だから日本という環境での自分の勝手な設定なんて捨てる。そしたら余計な思考は止まる。
数十年の思考の癖は1日実況しただけで治せるもんじゃありません。何度でも何度でも間違えて少しずつ手放せられればいいなと思います。


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