生島足島神社と上田のレイライン|龍脈・龍穴とは?北向観音と善光寺、恵比寿の★、氣の正体まで説ごとに確かめた

生島足島神社と上田のレイライン|龍脈・龍穴とは?北向観音と善光寺、恵比寿の★、氣の正体まで説ごとに確かめた 不思議

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長野県上田市には、夏至の朝日の線の上に、3つの寺社が並ぶという話があります。信濃国分寺、生島足島神社、そして別所温泉の北向観音です。

この話や「龍脈」「龍穴」という言葉を、私はテレビで知りました。どこで聞いたかと聞かれて、私が答えたのはこうです。

どちらもCSのモンドT Vだったと思う。恵比寿ガーデンプレイスは五芒星が色んな場所にあるはず。他にも建築家が建物の設計に風水を用いてるとかそんな内容。

風水やパワースポットについての私の立ち位置は、「お話として楽しんでるけど効果あるなら取り入れてみたい。氣って科学的にはどう説明できるのか知りたい」です。

そこでここでは、教科書どおりの説明は短くし、説ごとに「①何と言っているか ②根拠は何か ③確かめた結果」を並べます。多数派か少数派かで正しさは決めません。根拠がどこまであるかを見て、読む人がそれぞれ考えられる形にしました。


  1. 龍脈・龍穴とは?風水で「氣がたまる場所」を探す考え方
    1. 風水の語源は「風を蔵め、水を得る」
    2. 見方は2つ:地形で見るか、方角で見るか
  2. 日本三大龍穴など、龍脈・龍穴で有名な場所はどこ?
    1. 平安京:四神がそろう土地として選ばれた、という説
    2. 江戸:3本の龍脈が流れ込む、という説
    3. 日本三大龍穴:室生・貴船・備前
    4. 香港:設計者本人が風水の話を聞いたビル
  3. 生島足島神社と上田のレイラインとは?夏至の朝日が鳥居を抜ける並び
    1. 龍神をあがめる、雨の少ない土地
    2. 夏至の並びはピラミッドと同じ太陽信仰?
    3. 生島足島神社の神様は縄文の神?
  4. 北向観音はなぜ善光寺の方を向く?祀っているのは何か
    1. 説1:善光寺と対になるため
    2. 説2:北の星(北斗・北極星)を向いている
  5. 善光寺はなぜ特別な寺なのか?日本最古と伝わる仏像の説
    1. 縁起:難波の堀江に捨てられた仏像
    2. 東大寺より古い?
    3. 秘仏の代わりの像は、次は2027年に公開
    4. では、世界で最古の仏像は?
  6. 恵比寿ガーデンプレイスの★は風水?五芒星と五稜星の違い
    1. 説:恵比寿ガーデンプレイスは風水で設計された
    2. 晴明の五芒星と、サッポロの五稜星
  7. 氣は何をつかまえていた?2000年続いた理由を4つの説で確かめる
    1. 説1:見えないのに動いて効くものを、1つの言葉にまとめた
    2. 説2:経絡(氣の通り道)に当たる本物の構造が体にある
    3. 説3:氣を整える体の動かし方は、本当に効くから続いた
    4. 説4:風水の「地の氣」は、本物の地球の力をつかまえていた
    5. 4つの説を表で並べる
  8. まとめ:生島足島神社と上田のレイラインから分かったこと
  9. 出典

龍脈・龍穴とは?風水で「氣がたまる場所」を探す考え方

龍脈は、大地を流れる「氣」が山の尾根づたいに走る道のこと。龍穴は、その氣がたまる「当たり」の場所です。 うしろに山、左右に小山、前に川があり、風が弱くて水が得られる所が典型とされます※3。山並みを龍の体に見立てた言い方で、中国で生まれた風水の中心の言葉です。

風水の語源は「風を蔵め、水を得る」

風水という言葉は「蔵風得水(ぞうふうとくすい)」から来ています※4。冷たい風をさえぎり、水が手に入る土地が良い、という意味です。もとは都・家・墓をどこに置くかを決めるための考え方でした。

見方は2つ:地形で見るか、方角で見るか

風水の読み方には、大きく2つの流れがあります※3。

  • 巒頭(らんとう):山・川・丘など、目に見える地形で良し悪しを見る
  • 理気(りき):方角や暦の理屈で良し悪しを見る

龍脈・龍穴は、主に巒頭の言葉です。「どの山から尾根が下りてきて、どこで止まるか」を地図の上でたどります。


日本三大龍穴など、龍脈・龍穴で有名な場所はどこ?

日本でよく名前が出るのは、平安京(京都)と江戸(東京)、そして「日本三大龍穴」と呼ばれる室生(奈良)・貴船(京都)・備前(岡山)です。 ただし三大龍穴は、誰がいつ決めたのかを示す資料が今回は見つかりませんでした。海外では、設計者本人が風水の助言を受けたと書いた香港の銀行ビルがあります。

平安京:四神がそろう土地として選ばれた、という説

①何と言っているか:平安京は「四神相応(しじんそうおう)」の土地として選ばれた。東の川=青龍(鴨川)、西の大きな道=白虎(山陰道)、南の池=朱雀(巨椋池)、北の山=玄武(船岡山)がそろう※5。北東の鬼門は比叡山の延暦寺が守る。

②根拠:鉄道会社や観光の案内で広く紹介されている見方です※5。

③確かめた結果:地形の並びは実際の地図と合います。一方で、794年の遷都のときに「四神相応だから選んだ」と書いた当時の記録は、今回は確かめていません。まだ決まらないに置きます。

江戸:3本の龍脈が流れ込む、という説

①何と言っているか:富士山などの山から、3本の龍脈が江戸に流れ込んでいる。

②根拠:国土交通省のオンライン講演が「風水で見た都市」の例として紹介しています※6。

③確かめた結果:国の機関が紹介する見方ではあります。ただ、徳川家康や天海が風水で町を設計したと書いた当時の記録は確かめられませんでした。まだ決まらない。

日本三大龍穴:室生・貴船・備前

①何と言っているか:日本の三大龍穴は、奈良の室生龍穴神社、京都の貴船神社、岡山の備前の3か所。

②根拠:パワースポットの記事で広く使われる言い方です。貴船神社は水の神をまつり、奥宮に龍穴があると伝わります※8。

③確かめた結果:3つの場所はどれも水や雨の神と深く結びついています。けれど「三大」と決めた最初の出どころは見つかっていません。まだ決まらない。

香港:設計者本人が風水の話を聞いたビル

香港のHSBC本店ビル(1985年完成)は、イギリスの建築家ノーマン・フォスターの設計です。フォスター本人が「風水師に話を聞き、エスカレーターの軸はその助言に沿った」と書いています※7。

モンドTVで聞いた「建築家が建物の設計に風水を用いてる」という話は、少なくともこのビルでは裏付けありでした。設計者本人の証言が残る、珍しい例です。


生島足島神社と上田のレイラインとは?夏至の朝日が鳥居を抜ける並び

信濃国分寺・生島足島神社・別所温泉の3か所が夏至の日の出の方角にほぼ一直線に並ぶとされる

信濃国分寺・生島足島神社・別所温泉の3か所は、夏至の日の出の方角に沿ってほぼ一直線に並ぶとされます。 夏至の朝は生島足島神社の東の鳥居の中から日が昇り、冬至は西の鳥居に沈むと紹介されています※1。この並びを含む上田の物語は、2020年に文化庁の「日本遺産」に選ばれました※1※2。

龍神をあがめる、雨の少ない土地

上田のあたりは雨の少ない土地で、昔から龍神をあがめてきました※1。農業の水をためる「ため池」は約100か所あります※1。地元を走る上田電鉄の別所線は、線路の形が龍のように見えるとも言われます※1。

雨が少ない土地では、水は命そのものです。龍脈・龍穴の「龍」が、ここでは水の神としての龍と重なっています。

夏至の並びはピラミッドと同じ太陽信仰?

並びを鳥居ごしに見たことはありません。私の答えは「見たことないけどピラミッドとかと同じ太陽信仰ってことだよね?」でした。

①何と言っているか:上田の並びは、エジプトのピラミッドと同じ太陽信仰から来ている。

②根拠:太陽の通り道に建物を合わせる例は世界中にあります。エジプトのアブ・シンベル神殿は、年に2回、朝日が奥の像まで届きます。ギザの大ピラミッドは東西南北にとても正確に向いていて、秋分の日の影で方角を決めたという説があります※23。

③確かめた結果:「太陽の動きに合わせて聖地を置く」という点は裏付けあり。違いもあります。ピラミッドは王の墓で、太陽神と王を結ぶ考えでした。上田の並びは、日の出を拝む日本の神社の祈りに近いものです。「同じ根から来た」とまで言える資料は、今回は見つかりませんでした。

生島足島神社の神様は縄文の神?

私が行ったときの印象は「気持ちの良い場所」。そして「祀ってる神様が他の神社と違って縄文の神様だったような」という記憶がありました。

①何と言っているか:生島足島神社の神様は、とても古い、縄文の神である。

②根拠:まつっているのは生島大神(万物を生み育てる神)と足島大神(国中を満ち足らせる神)です。本殿には床が無く、大地そのものが御神体です※9※10。社伝では、諏訪の神・建御名方命(タケミナカタ)が諏訪へ向かう途中に立ち寄り、2柱の神に米の粥を供えたとされます※10。つまり、諏訪の神より前からこの土地にいた神です。

③確かめた結果:平安時代の『延喜式』に、格の高い「名神大社」として載っています※9。今の社殿は1610年に真田信之が建て直したものです※9。「縄文の神」と書いた資料は見つかりませんでした。ただ、大地そのものを拝む形と、諏訪の神より先にいたという社伝は、記憶の「他と違う古い神」と合います。縄文までさかのぼるかは、まだ決まらない、です。


北向観音はなぜ善光寺の方を向く?祀っているのは何か

北向観音は神社ではなくお寺で、天台宗の常楽寺が守る観音堂です。本尊は千手観音。 寺伝では825年に円仁(慈覚大師)が開きました※11。南を向く長野市の善光寺と向かい合うように北を向いていて、善光寺が来世、北向観音が現世のご利益で、片方だけのお参りは「片参り」と言われます※11※12。

別所温泉で私が知りたかったのは、この2つでした。

なんの神様を祀っててなんで神社がお寺の方向を向いてるのかを知りたい。

説1:善光寺と対になるため

①何と言っているか:北向観音は、善光寺と向かい合うために北を向いている。

②根拠:両方に参ると良いという「片参り」の言い伝えが、観光案内で紹介されています※11※12。

③確かめた結果:言い伝えがあるのは確かです。ただ、北向観音は825年、善光寺は642年の創建と伝わります。「片参り」という言い方がいつから始まったかは、今回の調べでは分かりませんでした。開いたときから善光寺を意識していたのか、あとから結びついたのかは、まだ決まりません。

説2:北の星(北斗・北極星)を向いている

①何と言っているか:北向きは、北の空の星を頼りにする信仰から来ている。

②根拠:北極星や北斗七星を仏として拝む「妙見信仰」は、中央アジアの遊牧民の間で起こり、中国で道教・陰陽道とまざって日本に伝わりました※24。星で方角を知る人たちにとって、北は特別な方角です。

③確かめた結果:妙見信仰が日本にあったのは裏付けありです。けれど、北向観音がそのために北を向いたと書いた寺の記録は確かめていません。まだ決まらない。


善光寺はなぜ特別な寺なのか?日本最古と伝わる仏像の説

善光寺は642年の創建と伝わり、どの宗派にも属さない寺です。宗派が分かれる前からあったため、天台宗と浄土宗の2つが一緒に守っています※13。 本尊の一光三尊阿弥陀如来は、552年に百済から日本へ来た最初の仏像と伝わり、誰も見ることのできない「絶対秘仏」です。この「最古の仏像」の伝えが、善光寺を特別にしています。

「そもそも善光寺はなぜ特別な寺院なのかも知りたい」。これも私の疑問でした。

縁起:難波の堀江に捨てられた仏像

善光寺の縁起(始まりの物語)は、こう伝えています※14※15。

  1. 552年、百済から仏像が届く
  2. 仏教を受け入れるかで蘇我氏と物部氏が争い、物部氏が仏像を難波の堀江(今の大阪)に捨てる
  3. 600年ごろ、本田善光が堀江で仏像を拾い、信濃へ持ち帰る
  4. 飯田の元善光寺にまつったあと、642年に今の長野の地へ移す

大阪市西区の和光寺(阿弥陀池)が、仏像を拾った堀江の跡と伝わります※15。

東大寺より古い?

①何と言っているか:善光寺は東大寺より古い。

②根拠:善光寺の創建は642年と伝わります。東大寺の大仏の開眼は752年です。

③確かめた結果:伝わる年どおりなら、大仏開眼より110年前で裏付けあり。ただし日本で最古の本格的な寺は、飛鳥寺(588年)です。善光寺は「日本最古の寺」ではなく、「日本最古と伝わる仏像をまつる寺」と言うのが正確です。

秘仏の代わりの像は、次は2027年に公開

本物の本尊は見られません。代わりに、そっくりの「前立本尊」が7年に1度だけ公開されます。次の御開帳は2027年4月4日から6月19日までと発表されています※16。

では、世界で最古の仏像は?

お釈迦さまが亡くなってから約500年のあいだ、仏像はありませんでした。足あとや菩提樹など、しるしで表していたのです※17。

最初の仏像が作られたのは紀元1世紀ごろ。ギリシャ風のガンダーラ(今のパキスタン北部)と、インド風のマトゥラー(インド北部)の2か所で生まれました※17。どちらが先かは今も議論が続き、「世界最古の1体」は決まっていません。この謎を深く知りたい人には、高田修さんの仏像の誕生(講談社学術文庫。もとは1987年の岩波新書)があります。


恵比寿ガーデンプレイスの★は風水?五芒星と五稜星の違い

恵比寿ガーデンプレイスを風水で設計したと書いた公式の資料や、設計者の証言は見つかりませんでした。★があちこちにある理由ははっきりしていて、サッポロビールの会社のマーク「五稜星(ごりょうせい)」です。 恵比寿はヱビスビールが生まれた工場の跡地で、サッポロビールの土地だからです。五稜星は、明治に北海道を開いた役所・開拓使の印で、北極星を表します。

説:恵比寿ガーデンプレイスは風水で設計された

①何と言っているか:恵比寿ガーデンプレイスは風水で設計され、そのしるしに五芒星(★)が多い。

②根拠:テレビ番組や、パワースポットを紹介する記事で語られています。

③確かめた結果:★の出どころは別にありました。サッポロビールの始まりは1876年の開拓使麦酒醸造所です※18。開拓使の船の旗「北辰旗」の★(北辰=北極星)が、札幌の時計台やサッポロビール、札幌市の市章へ受け継がれています※19※20。敷地には恵比寿神社もあり、1894年に今のサッポロビールの前の会社が、兵庫の西宮神社から神様を迎えてまつりました※21。風水で設計したという話は、今回の調べでは反証も裏付けも無く、まだ決まらない。番組の回も特定できていません。

晴明の五芒星と、サッポロの五稜星

同じ★の形でも、意味は違います。

晴明桔梗(五芒星) 五稜星
何を表すか 五行(木・火・土・金・水) 北極星(北辰)
どこで使われるか 陰陽師・安倍晴明の晴明神社の紋※22 開拓使・時計台・サッポロビール・札幌市章※19
役目 おまもり 北の大地を開く印

おもしろいのは、晴明神社にも北斗七星の図柄があることです※22。どちらの★も、たどると北の星をあがめる流れに行き着きます。ただ、開拓使が陰陽道を意識して★を選んだという証拠は見つかっていません。


氣は何をつかまえていた?2000年続いた理由を4つの説で確かめる

氣という言葉は、「目には見えないけれど、動いて、体や土地に働くもの」をまとめて呼ぶ言葉として生まれました。その中には、のちに科学が見つけた筋膜や体液の通り道、呼吸の効き目、地磁気を使う方位磁針など、本当にある現象が含まれていた可能性があります。 4つの説ごとに確かめました。

古代中国から2000年以上、氣が信じられてきたのは確かです。それだけ続くなら、何かをつかまえていたはず。そこで「氣はあるか、ないか」ではなく、氣という言葉が、実際のどの現象をつかまえていたのかを説ごとに追いました。

説1:見えないのに動いて効くものを、1つの言葉にまとめた

①何と言っているか:氣は、湯気・息・風のように「見えないが動くもの」をまとめた言葉で、だから何にでも当てはまり、長く使われた。

②根拠:「气」の字は、湯気や雲が立ちのぼる形から来ています。いま使う「氣」は、もとは「客に米を贈る」という意味の字でした※25。米を炊く湯気と、人を養う食べものが1つの字に入っているわけです。

③確かめた結果:字の成り立ちは裏付けあり。息・湯気・食べものという、命を支える見えない流れを、早くから1つにまとめていたことが、字から読み取れる。

説2:経絡(氣の通り道)に当たる本物の構造が体にある

①何と言っているか:氣が流れる「経絡」には、体の中の本物の構造が対応している。

②根拠は次の3つ。

  • 筋膜:2002年、アメリカの研究者ラングヴィンらが、腕のツボの80%を超える場所が、筋肉と筋肉の間の膜(筋膜)の通り道と重なると報告しました※26
  • 間質:2018年、皮膚の下や内臓のまわりに、液体が流れるすき間の網があるという論文が出ました※27。共同研究者の1人は、経絡との関わりにも触れています(論文そのものの主張ではありません)
  • 鳳漢管(ボンハン管):1960年代に北朝鮮の研究者・金鳳漢が「経絡の管を見つけた」と発表。2002年に韓国のソウル大学の研究者が再発見を主張し、2010年に「プリモ脈管系」と名前を改めて、研究が続いています※28

③確かめた結果:まだ決まらない。筋膜も間質も実在する構造です。ただ、「それが経絡そのものだ」と言い切るには、まだつながりの証拠が足りません。鳳漢管は、ほかの研究者が同じ結果を出すのが難しいことが課題です※28。私は、いちばん今後が楽しみな説として置いておきます。

説3:氣を整える体の動かし方は、本当に効くから続いた

①何と言っているか:氣を練る運動(太極拳・気功)は、実際に体を楽にするので、2000年も受け継がれた。

②根拠:2010年、アメリカの医学雑誌NEJMに、太極拳の試験が載りました。全身が痛む「線維筋痛症」の患者66人が、週2回・12週間の太極拳を続けたところ、ストレッチと健康の講義を受けた組より症状が軽くなり、24週目まで続きました※29。

気功については、1990年代に日本の学会で「脳波がそろう」「手のひらから遠赤外線が出る」といった報告があります※31。ただし被験者は数人で、ほかで同じ結果が出るかは確かめられていません。

③確かめた結果:太極拳の効き目は裏付けあり。ゆっくりした呼吸と動きが体に働くのは確かです。それを「氣が整った」と呼んでいた、と読むと筋が通ります。ただ、効いた仕組みが呼吸なのか、思い込みの効果なのかは、まだ分けきれていません。

説4:風水の「地の氣」は、本物の地球の力をつかまえていた

①何と言っているか:風水が見ていた大地の氣には、地磁気のような本当にある力が含まれていた。

②根拠:方位磁針のもとになった「司南(しなん)」は、中国の漢の時代に、航海ではなく風水や占いのための道具として使われていました※30。磁石が南北を指すという地球の力に、最初に気づいて道具にしたのは、風水の世界だったわけです。また、蔵風得水=「風をさえぎり、水に近い土地」は、人が住みやすい土地の条件とそのまま重なります※4。

③確かめた結果:方位磁針が風水から生まれたことは裏付けあり。ただし「地の氣=地磁気」と言える証拠は無く、ここはまだ決まらない。風水の「良い土地」が、風・水・日当たりという、目に見える住みやすさを言い当てていた点は確か。

4つの説を表で並べる

説 氣がつかまえていたかもしれないもの 確かめた結果
1 字の成り立ち 息・湯気・食べもの 裏付けあり
2 経絡の構造 筋膜・間質・プリモ脈管系 まだ決まらない
3 太極拳・気功 呼吸とゆっくりした動き 太極拳は裏付けあり
4 風水の地の氣 地磁気・風・水 方位磁針は裏付けあり

「効果あるなら取り入れてみたい」という私の気持ちに、いまの材料で答えるなら、まずは説3と説4の、裏付けがある部分からです。ゆっくりした呼吸の運動と、風通し・日当たり・水まわりを整えること。どちらもお金をかけずに始められます。


まとめ:生島足島神社と上田のレイラインから分かったこと

夏至の並びは裏付けあり、生島足島神社は大地が御神体、北向観音の本尊は千手観音、氣は見えない流れを包んだ言葉だった可能性
生島足島神社と上田のレイライン。龍脈・龍穴と氣を4つの説で確かめた

生島足島神社と上田のレイラインを入口にたどると、龍は水の神、北向きは星、★は北極星、氣は見えない流れ、と、どれも「目に見えない力をどう扱うか」の話につながっていました。 裏付けがあるものも、まだ決まらないものもあります。決まらないものは、新しい発見でひっくり返る余地が残っている、ということです。

確かめた結果を短く並べます。

  • 夏至の並び:太陽に合わせて聖地を置く考えは世界中にあり、裏付けあり。ピラミッドと同じ根かは、まだ決まらない
  • 生島足島神社の神:大地が御神体、諏訪の神より先にいた神。縄文までさかのぼるかは、まだ決まらない
  • 北向観音:神社ではなくお寺で、本尊は千手観音。善光寺と対になる言い伝えはあるが、始まりの時期は分からない
  • 善光寺:日本最古と伝わる仏像をまつる、宗派を持たない寺。大仏開眼より110年早い創建と伝わる
  • 恵比寿の★:サッポロビールの五稜星(北極星)。風水設計は、まだ決まらない
  • 氣:息・体の構造・呼吸・地磁気など、本当にある現象を1つの言葉で包んでいた可能性。経絡の構造は今後の研究しだい

最後に、読んでくれた人へ1つだけ伝えるなら、これです。

世の中不思議なことがいっぱい。身近な場所にもある

上田の3つの寺社も、恵比寿の★も、行こうと思えば行ける場所にあります。人の暮らしの始まりに興味がある人は、服の歴史を日本と世界の年表でまとめた記事もどうぞ。諏訪の古い神の話はミシャグジ様の記事、八ヶ岳のふもとの縄文の村は尖石遺跡と中ッ原遺跡の記事で確かめています。

出典

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